東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2381号 判決
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【判旨】
一<証拠>によれば、控訴人は明治四三年一〇月二〇日生れ、被控訴人は大正元年八月八日生れであること、右両名は昭和九年四月三〇日婚姻届を提出して夫婦となつたこと、右両名の間には、長女B1(昭和九年四月一九日生)、二女B2(昭和一一年一月二〇日生)、長男A1(昭和一二年一二月一三日生)、二男A2(昭和一四年七月二三日生)、三女B3(昭和一六年一〇月二五日生)、三男A3(昭和一八年八月一八日生)、四女B4(昭和二〇年八月一日生)、五女B5(昭和二〇年八月一日生)の三男五女が生れたこと、長女B1は昭和三三年一〇月一五日死亡し、五女B5は昭和四七年一一月一六日丙野一男と婚姻したが、昭和五二年一〇月二七日精神薄弱者の他人から殺害されたことを認めることができる。
二<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 控訴人は、甲野紙紐工場の名で紙紐製造業を営み、また、富士宮市においてY製紙株式会社を設立し、その代表取締役をしていた。被控訴人は右紙紐製造業を手伝い、子供らも成長するにつれこれを手伝つた。なお、控訴人は姪の甲野初子(昭和五六年五月一五日五四歳で死亡)を幼少の時から自分の家で養育し、成長してからは家事を手伝わせていた。控訴人と被控訴人との夫婦仲は昭和三五年頃後記のとおり被控訴人が入信するまでは円満であつた。
2 被控訴人は昭和三三年一〇月一五日長女B1を失なつたことから、同女を供養するため、すでに信者であつた実母の勧めにより、昭和三五年頃○○宗○○会の信者となり、入信当初の頃は朝、晩自宅で一五分ないし二〇分位線香を焚き、御経をあげる程度であつたが、昭和三七年頃から朝、晩各一時間位線香を焚き御経をあげ、昼にも御経をあげるようになり、夕方五時過ぎには説法、勧誘のためほとんど毎晩のように外出し、帰宅は夜一二時頃となり、控訴人は、夕食時は被控訴人がいないため、同居していた姪の初子の給仕で一人で食事をすますのが通常であつた。控訴人は線香のにおいが嫌いであるところ、昭和三二年に新築した家も線香のにおいが立ち込め、控訴人はこれに耐えられなくなり、また、被控訴人が度々外出することや長時間お経をあげることなどから夫婦間の和合を欠くようになり、寝室を別にするに至り、昭和三七年頃から控訴人は客間の八畳、被控訴人は茶の間の六畳で起居するようになつた。そして、控訴人は、線香のにおいのことで被控訴人と口論したり、被控訴人の外出がちの生活に立腹して被控訴人の教典を破つたり、控訴人が呼んでも坐つたまま応じない被控訴人を足蹴りにしたりして、夫婦仲は極めて不和となつた。
3 被控訴人の○○宗○○会への入信勧誘行為は度を越したもので、控訴人の取引先に及び、知人や取引先から勧誘にこられては迷惑だと控訴人に文句をいわれたため、控訴人は困惑した。そこで、控訴人は昭和四〇年頃○○会富士宮支部の責任者に、妻の入信で家庭生活が壊されるので、脱会させてくれるよう申入れたが、目的を達せず、○○会本部(東京都杉並区所在)にも手紙を出して被控訴人を脱会させるよう要請したが、これも目的を達しなかつた。
4 控訴人は、長男A1の結婚後、被控訴人がA1の嫁にも入信を勧め、嫁がこれを迷惑がつていることを知つて立腹し、昭和四一年五月二六日被控訴人とA1、A2らの子供を集め、被控訴人に対し今後他人に入信を勧誘しないこと、朝晩の祈りは一〇分位にすること、宗教活動のための外出も月一日とすることを要望し、これが実行できないときは離婚するとの意思を表明したが、被控訴人は右要望をききいれず、その後も事態は改善されなかつた。
5 控訴人は、被控訴人と寝室を別にし、回復困難な程度に夫婦仲が不和となつたのちである昭和四〇年頃から、被控訴人に対する忿懣を浜松市に居住する○○○○江という女性と関係をもつことによつて和らげていたところ、昭和四二年四月に至つていよいよ被控訴人の態度に我慢できなくなり、その頃ビニール紐の進出で家業が不振になつたことも加つて家出を決意し、社長をしていたY製紙株式会社の代表取締役を○○○○に変更し、嫁にいつた娘を除き、子供らに三〇万ないし四〇万円、被控訴人に七万円位を与え、自らは一〇〇万円と布団をもつて家出し、家出後も、長男A1とは連絡をとり合つていたが、その翌月頃には紙紐製造の家業も、Y製紙株式会社も倒産した。
控訴人は家出後一たん大阪に行つたが、その後千葉に移り、一人で会社勤め等をしてアパート暮しをしていたところ、一年位して同じアパートに住む○○○枝と同棲して今日に至つている。
一方被控訴人は会社勤務をしている三男A3と同居し、時折家政婦をしたりしながら、今日に至つている。
6 控訴人は被控訴人と協議離婚をしようとして、昭和四八年二月六日被控訴人の許を訪れ、話合つたところ、被控訴人が承諾したかにみえたので、三文判を使つて被控訴人との離婚届を作成提出したところ、被控訴人から偽造であるとして告訴され、かつ、離婚無効の訴を提起され、昭和四九年一二月一六日右離婚届は被控訴人の意思に基づかないものであるとの理由により離婚無効の判決があり、右判決は確定し、昭和五〇年一月一七日戸籍上の訂正がなされ、控訴人、被控訴人は戸籍上以前の状態に回復した。
被控訴人は、昭和四八年頃控訴人と同棲している○○○枝を被告として不法行為による損害賠償請求訴訟を提起し、同女に対し被控訴人に二〇万円を支払うことを命ずる判決があつた。
7 被控訴人は、五女が死亡した時、三男A3の指示に従い控訴人に通知せず、また、B5の死亡記事について静岡新聞社を相手に提起した名誉毀損記事を理由とする損害賠償請求訴訟を控訴人に無断で行つている。長男、次男は控訴人に同情的である。
以上の事実が認められ<る。>
右事実によれば、控訴人と被控訴人の婚姻関係はすでに破綻しており、その主たる原因は、被控訴人が○○宗○○会の信仰に凝り、控訴人の嫌う線香を長時間焚きお経をあげ、執拗に入信を勧誘し、宗教行事のため家を留守にして外出することが多く、食事も共にせず、家庭を省みなかつたことにあり、前記控訴人の女性関係、家出は右破綻後に生じたものと認められる。
もとより、各人はその良心に従つて特定の宗教を信ずる自由を有し、被控訴人が○○宗○○会の信仰にはいつたこと自体については敢て咎めるにあたらないが、夫婦として共同生活を営む以上、宗教上の行為と雖も相手の立場を尊重しその節度を守るべきは当然であつて、毎日長時間にわたつて線香を焚いて御経をあげ、控訴人がその時間を短くするように頼んでも聞き入れず、夕方からは説法、勧誘のためほとんど毎晩外出し、あまつさえ控訴人の取引先も強引に勧誘し、食事を一緒にしないなどの被控訴人の行為は節度を越えたもので、控訴人にこれが受忍を要求するのは相当でなく、これによつて婚姻関係が破綻するに至つた以上、控訴人から離婚を請求されてもやむをえないものといわなければならない。
被控訴人は、仮に控訴人との婚姻関係が破綻しているとしても、控訴人こそそれを招いた有責当事者であるから離婚請求はできない旨主張するが、前記控訴人の女性関係及び家出は、被控訴人の節度を越えた宗教行為により婚姻関係が破綻したのちに生じたものであり、他に控訴人が婚姻関係破綻の主たる有責当事者であると認めるべき資料はないから、右主張は採用することができない。
そうすると、民法七七〇条一項五号所定の婚姻を継続し難い重大な事由があることを理由とする控訴人の本件離婚請求は、正当として認容すべきである。
(川添萬夫 高野耕一 鎌田泰輝)